割烹《かっぽう》をやったり、妹の使うオルガンを弾《ひ》いたり、一度読んだ本を読み返したり、家《うち》にばかりぼんやり暮らしているの。まああなたの言葉を借りればアンニュイそれ自身のような生活だわね。
「それだけならばまだ好《い》いでしょう。そこへまた時々|親戚《しんせき》などから結婚問題を持って来るのよ。やれ県会議員の長男だとか、やれ鉱山《やま》持ちの甥《おい》だとか、写真ばかりももう十枚ばかり見たわ。そうそう、その中には東京に出ている中川の息子の写真もあってよ。いつかあなたに教えて上げたでしょう。あのカフェの女給《じょきゅう》か何かと大学の中を歩いていた、――あいつも秀才で通《とお》っているのよ。好《い》い加減《かげん》人を莫迦《ばか》にしているじゃないの? だからあたしはそう云ってやるのよ。『あたしも結婚しないとは云いません。けれども結婚する時には誰の評価を信頼するよりも先にあたし自身の評価を信頼します。その代りに将来の幸不幸はあたし一人責任を負いますから』って。
「けれどももう来年になれば、弟も商大を卒業するし、妹も女学校の四年になるでしょう。それやこれやを考えて見ると、あたし一人
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