は誰よりも一層《いっそう》懐疑的である。「芥川龍之介と来た日には大莫迦《おおばか》だわ!」何と云うお転婆《てんば》らしい放言であろう。わたしは心頭に発した怒火を一生懸命に抑《おさ》えながら、とにかく一応《いちおう》は彼女の論拠に点検を加えようと決心した。下《しも》に掲《かか》げるのはこの文放古を一字も改めずに写したものである。

「……あたしの生活の退屈《たいくつ》さ加減はお話にも何にもならないくらいよ。何しろ九州の片田舎《かたいなか》でしょう。芝居はなし、展覧会はなし、(あなたは春陽会《しゅんようかい》へいらしって? 入《い》らしったら、今度知らせて頂戴《ちょうだい》。あたしは何だか去年よりもずっと好《よ》さそうな気がしているの)音楽会はなし、講演会はなし、どこへ行って見るってところもない始末なのよ。おまけにこの市《まち》の智識階級はやっと徳富蘆花《とくとみろか》程度なのね。きのうも女学校の時のお友達に会ったら、今時分やっと有島武郎《ありしまたけお》を発見した話をするんじゃないの? そりゃあなた、情《なさけ》ないものよ。だからあたしも世間並《せけんな》みに、裁縫《さいほう》をしたり、
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