そのまた棺の前の机には造花の蓮《はす》の花の仄《ほの》めいたり、蝋燭《ろうそく》の炎《ほのお》の靡《なび》いたりする中に勲章の箱なども飾ってある。校長は棺に一礼した後《のち》、左の手に携《たずさ》えていた大奉書《おおぼうしょ》の弔辞《ちょうじ》を繰りひろげた。弔辞は勿論二三日|前《まえ》に保吉の書いた「名文」である。「名文」は格別恥ずる所はない。そんな神経はとうの昔、古い革砥《かわと》のように擦《す》り減らされている。ただこの葬式の喜劇の中に彼自身も弔辞の作者と云う一役《ひとやく》を振られていることは、――と云うよりもむしろそう云う事実をあからさまに見せつけられることはとにかく余り愉快ではない。保吉は校長の咳払《せきばら》いと同時に、思わず膝の上へ目を伏せてしまった。
校長は静かに読みはじめた。声はやや錆《さ》びを帯びた底にほとんど筆舌を超越《ちょうえつ》した哀切の情をこもらせている。とうてい他人の作った弔辞を読み上げているなどとは思われない。保吉はひそかに校長の俳優的才能に敬服した。本堂はもとよりひっそりしている。身動きさえ滅多《めった》にするものはない。校長はいよいよ沈痛に「君、
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