。容易に痺《しび》れの切れないように大胡坐《おおあぐら》をかいてしまったのである。
読経《どきょう》は直《すぐ》にはじまった。保吉は新内《しんない》を愛するように諸宗の読経をも愛している。が、東京|乃至《ないし》東京近在の寺は不幸にも読経の上にさえたいていは堕落《だらく》を示しているらしい。昔は金峯山《きんぷせん》の蔵王《ざおう》をはじめ、熊野《くまの》の権現《ごんげん》、住吉《すみよし》の明神《みょうじん》なども道明阿闍梨《どうみょうあざり》の読経を聴きに法輪寺《ほうりんじ》の庭へ集まったそうである。しかしそう云う微妙音《びみょうおん》はアメリカ文明の渡来と共に、永久に穢土《えど》をあとにしてしまった。今も四人の所化《しょけ》は勿論、近眼鏡《きんがんきょう》をかけた住職は国定教科書を諳誦《あんしょう》するように提婆品《だいばぼん》か何かを読み上げている。
その中《うち》に読経《どきょう》の切れ目へ来ると、校長の佐佐木中将はおもむろに少佐の寝棺《ねがん》の前へ進んだ。白い綸子《りんず》に蔽《おお》われた棺《かん》はちょうど須弥壇《しゅみだん》を正面にして本堂の入り口に安置してある。
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