も差支《さしつかへ》ない。たとひ五篇を残したとしても、名家の列には入るであらう。最後に三篇を残したとすれば、それでも兎《と》に角《かく》一作家である。この一作家になることさへ容易に出来るものではない。僕はこれも亦横文字の雑誌に「短篇などは二三日のうちに書いてしまふものである」と云ふウエルズの言葉を発見した。二三日は暫く問はず、締め切り日を前に控へた以上、誰でも一日のうちに書かないものはない。しかしいつも二三日のうちに書いてしまふと断言するのはウエルズのウエルズたる所以《ゆゑん》である。従つて彼は碌《ろく》な短篇を書かない。
十三 森先生
僕はこの頃「鴎外全集」第六巻を一読し、不思議に思はずにはゐられなかつた。先生の学は古今を貫き、識は東西を圧してゐるのは今更のやうに言はずとも善い。のみならず先生の小説や戯曲は大抵は渾然《こんぜん》と出来上つてゐる。(所謂ネオ・ロマン主義は日本にも幾多の作品を生んだ。が、先生の戯曲「生田川《いくたがは》」ほど完成したものは少かつたであらう。)しかし先生の短歌や俳句は如何に贔屓目《ひいきめ》に見るとしても、畢《つひ》に作家の域にはひつてゐな
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