《うけずとりよのあざむくを》 骨肉恩豈断《こつにくのおんあにたたんや》 手中挑青糸《しゆちゆうせいしをとる》 捷下万仞岡[#「捷下万仞岡」に傍点] 俯身試搴旗[#「俯身試搴旗」に傍点]
 これは更にずつと古い杜甫《とほ》の「前出塞《ぜんしゆつさい》」の詩の結末――ではない一首である。が、いづれも目に訴へる、――言はば一枚の人物画に近い造形美術的効果により、結末を生かしてゐるのは同じことである。
 (五)[#「(五)」は縦中横] これは畢竟《ひつきやう》余論である。志賀直哉氏の「子を盗む話」は西鶴の「子供地蔵」(大下馬《おほげば》)を思はせ易い。が、更に「范《はん》の犯罪」はモオパスサンの「ラルテイスト」(?)を思はせるであらう。「ラルテイスト」の主人公はやはり女の体のまはりへナイフを打ちつける芸人である。「范の犯罪」の主人公は或精神的薄明りの中に見事に女を殺してしまふ。が、「ラルテイスト」の主人公は如何《いか》に女を殺さうとしても、多年の熟練を積んだ結果、ナイフは女の体に立たずに体のまはりにだけ立つのである。しかもこの事実を知つてゐる女は冷然と男を見つめたまま、微笑さへ洩らしてゐるので
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