詩人、石川|六樹園《ろくじゆゑん》は同時に又宿屋の主人だつた。僕等も売文と云ふことさへなければ、何か商売を見つけるかも知れない。僕等の経験や見聞《けんもん》もその為に或は広まるであらう。僕は時々売文だけでは活計を立てることの出来なかつた昔に多少の羨《うらやま》しさを感じてゐる。しかしかう云ふ現世も亦後代には古典を残してゐるであらう。勿論食ふ為に書いたものも古典にならないと限つた訣ではない。(若し或作家の姿勢として見れば、唯「食ふ為に書いてゐる」のは最も趣味の善い姿勢である。)唯アナトオル・フランスの言つたやうに後代へ飛んで行く為には身軽であることを条件としてゐる。すると古典と呼ばれるものは或はどう云ふ人々にも容易に読み通し易いものかも知れない。

     三十八 通俗小説

 所謂《いはゆる》通俗小説とは詩的性格を持つた人々の生活を比較的に俗に書いたものであり、所謂芸術小説とは必しも詩的性格を持つてゐない人々の生活を比較的詩的に書いたものである。両者の差別は誰でも言ふやうにはつきりしてゐないのに違ひない。けれども所謂通俗小説中の人々は確かに詩的性格の持ち主である。これは決して逆説では
前へ 次へ
全110ページ中103ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング