た。それも只の彫刻ではない、在来未完成と称へられてゐる晩年の彫刻を見たのであります。尤も未完成の作品と称へられてゐるのは何もミケルアンヂェロ自身の証明のある次第ではありません。只大理石の塊の中に模糊たる人間の姿が浮かんでゐる、まあざつと形容すれば、天地開闢《てんちかいびやく》の昔以来、大理石の塊の中に眠つてゐた、何とも得体の知れぬ人間がやつと目をさましたと言ふ代物であります。ロダンはかう言ふ彫刻を見た時に、未完成の――と言ふよりも寧《むし》ろ茫漠とした無限の美に打たれました。それからあの大理石の塊へ半ば人間を彫刻した作品、――たとへば「詩人とミユウズ」などを作り出すやうになつたのであります。するとロダンの成長の一歩はミケルアンヂェロの所謂未完成の作品に接したことに懸つてゐる、けれどもかう言ふ作品を見たものは勿論ロダン一人ではない。古往今来無数の男女はかう言ふ作品を陳列したフロレンスの博物館へ出入りしてゐる、が、誰もロダンのやうに大いなる美を認めなかつた。して見ればロダンの成長の一歩はこの美を鑑賞したことに懸つてゐる、――と言ふことに帰着しなければなりません。これは如何なる芸術家の上にも
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