に、勢よく饒舌《しゃべ》り出した。皆「僕」と云う代りに、「己《おれ》」と云うのを得意にする年輩《ねんぱい》である。その自ら「己《おれ》」と称する連中の口から、旅行の予想、生徒同志の品隲《ひんしつ》、教員の悪評などが盛んに出た。
「泉はちゃくい[#「ちゃくい」に傍点]ぜ、あいつは教員用のチョイスを持っているもんだから、一度も下読みなんぞした事はないんだとさ。」
「平野はもっとちゃくい[#「ちゃくい」に傍点]ぜ。あいつは試験の時と云うと、歴史の年代をみな爪《つめ》へ書いて行くんだって。」
「そう云えば先生だってちゃくい[#「ちゃくい」に傍点]からな。」
「ちゃくい[#「ちゃくい」に傍点]とも。本間なんぞは receive のiとeと、どっちが先へ来るんだか、それさえ碌《ろく》に知らない癖に、教師用でいい加減にごま化しごま化し、教えているじゃあないか。」
どこまでも、ちゃくい[#「ちゃくい」に傍点]で持ちきるばかりで一つも、碌な噂は出ない。すると、その中《うち》に能勢が、自分の隣のベンチに腰をかけて、新聞を読んでいた、職人らしい男の靴《くつ》を、パッキンレイだと批評した。これは当時、マッキ
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