。その上また、身ぶりとか、顔つきとかで、人を笑わせるのに独特な妙を得ている。従って級《クラス》の気うけも、教員間の評判も悪くはない。もっとも自分とは、互に往来《ゆきき》はしていながら、さして親しいと云う間柄でもなかった。
「早いね、君も。」
「僕はいつも早いさ。」能勢はこう云いながら、ちょいと小鼻をうごめかした。
「でもこの間は遅刻したぜ。」
「この間?」
「国語の時間にさ。」
「ああ、馬場に叱《しか》られた時か。あいつは弘法《こうぼう》にも筆のあやまりさ。」能勢は、教員の名前をよびすてにする癖があった。
「あの先生には、僕も叱られた。」
「遅刻で?」
「いいえ、本を忘れて。」
「仁丹《じんたん》は、いやにやかましいからな。」「仁丹」と云うのは、能勢が馬場教諭につけた渾名《あだな》である。――こんな話をしている中に、停車場前へ来た。
乗った時と同じように、こみあっている中をやっと電車から下りて停車場へはいると、時刻が早いので、まだ級《クラス》の連中は二三人しか集っていない。互に「お早う」の挨拶《あいさつ》を交換する。先を争って、待合室の木のベンチに、腰をかける。それから、いつものよう
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