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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)足尾《あしお》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)皆|霧雨《きりさめ》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)ちゃくい[#「ちゃくい」に傍点]
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 自分が中学の四年生だった時の話である。
 その年の秋、日光から足尾《あしお》へかけて、三泊の修学旅行があった。「午前六時三十分上野停車場前集合、同五十分発車……」こう云う箇条が、学校から渡す謄写版《とうしゃばん》の刷物《すりもの》に書いてある。
 当日になると自分は、碌《ろく》に朝飯《あさめし》も食わずに家をとび出した。電車でゆけば停車場まで二十分とはかからない。――そう思いながらも、何となく心がせく。停車場の赤い柱の前に立って、電車を待っているうちも、気が気でない。
 生憎《あいにく》、空は曇っている。方々の工場で鳴らす汽笛の音《ね》が、鼠色《ねずみいろ》の水蒸気をふるわせたら、それが皆|霧雨《きりさめ》になって、降って来はしないかとも思われる。その退屈な空の下で、高架《こうか》鉄道を汽車が通る。被服廠《ひふくしょう》へ通う荷馬
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