ンレイと云う新形の靴が流行《はや》ったのに、この男の靴は、一体に光沢《つや》を失って、その上先の方がぱっくり口を開《あ》いていたからである。
「パッキンレイはよかった。」こう云って、皆|一時《いちどき》に、失笑した。
 それから、自分たちは、いい気になって、この待合室に出入《しゅつにゅう》するいろいろな人間を物色しはじめた。そうして一々、それに、東京の中学生でなければ云えないような、生意気な悪口を加え出した。そう云う事にかけて、ひけをとるような、おとなしい生徒は、自分たちの中に一人もいない。中でも能勢の形容が、一番|辛辣《しんらつ》で、かつ一番|諧謔《かいぎゃく》に富んでいた。
「能勢《のせ》、能勢、あのお上《かみ》さんを見ろよ。」
「あいつは河豚《ふぐ》が孕《はら》んだような顔をしているぜ。」
「こっちの赤帽も、何かに似ているぜ。ねえ能勢。」
「あいつはカロロ五世さ。」
 しまいには、能勢が一人で、悪口を云う役目をひきうけるような事になった。
 すると、その時、自分たちの一人は、時間表の前に立って、細《こまか》い数字をしらべている妙な男を発見した。その男は羊羹色《ようかんいろ》の背広
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