》に発狂する権利ありや否や? 吾人はかかる疑問の前に断乎《だんこ》として否と答うるものなり。試みに天下の夫にして発狂する権利を得たりとせよ。彼等はことごとく家族を後《あと》に、あるいは道塗《どうと》に行吟《こうぎん》し、あるいは山沢《さんたく》に逍遥《しょうよう》し、あるいはまた精神病院|裡《り》に飽食暖衣《ほうしょくだんい》するの幸福を得べし。然れども世界に誇るべき二千年来の家族主義は土崩瓦解《どほうがかい》するを免《まぬか》れざるなり。語に曰《いわく》、其罪を悪《にく》んで其人を悪まずと。吾人は素《もと》より忍野氏に酷《こく》ならんとするものにあらざるなり。然れども軽忽《けいこつ》に発狂したる罪は鼓《こ》を鳴らして責めざるべからず。否、忍野氏の罪のみならんや。発狂禁止令を等閑《とうかん》に附せる歴代《れきだい》政府の失政をも天に替《かわ》って責めざるべからず。
「常子夫人の談によれば、夫人は少くとも一ヶ年間、××胡同《ことう》の社宅に止《とど》まり、忍野氏の帰るを待たんとするよし。吾人は貞淑《ていしゅく》なる夫人のために満腔《まんこう》の同情を表《ひょう》すると共に、賢明なる三菱《
前へ
次へ
全28ページ中23ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング