めた黄塵《こうじん》の中へまっしぐらに走って行ってしまった。……
 その後《ご》の半三郎はどうなったか? それは今日《こんにち》でも疑問である。もっとも「順天時報」の記者は当日の午後八時前後、黄塵に煙った月明りの中に帽子《ぼうし》をかぶらぬ男が一人、万里《ばんり》の長城《ちょうじょう》を見るのに名高い八達嶺下《はったつれいか》の鉄道線路を走って行ったことを報じている。が、この記事は必ずしも確実な報道ではなかったらしい。現にまた同じ新聞の記者はやはり午後八時前後、黄塵を沾《うるお》した雨の中に帽子をかぶらぬ男が一人、石人石馬《せきじんせきば》の列をなした十三陵《じゅうさんりょう》の大道《だいどう》を走って行ったことを報じている。すると半三郎は××胡同《ことう》の社宅の玄関を飛び出した後《のち》、全然どこへどうしたか、判然しないと言わなければならぬ。
 半三郎の失踪《しっそう》も彼の復活と同じように評判《ひょうばん》になったのは勿論である。しかし常子、マネエジャア、同僚、山井博士、「順天時報」の主筆等はいずれも彼の失踪を発狂《はっきょう》のためと解釈した。もっとも発狂のためと解釈するのは馬
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