れども、一句連続せざると宣《のたま》へり。予が云、是須磨の鼠よりはるかにまされり。(中略)暁の一字つよきこと、たとへ侍るものなしと申せば、師もうれしく思はれけん、これほどに聞《きき》てくれる人なし、唯予が口よりいひ出せば[#「唯予が口よりいひ出せば」に傍点]、肝をつぶしたる顔のみにて[#「肝をつぶしたる顔のみにて」に傍点]、善悪の差別もなく[#「善悪の差別もなく」に傍点]、鮒の泥に酔たるごとし[#「鮒の泥に酔たるごとし」に傍点]、其夜此句したる時[#「其夜此句したる時」に傍点]、一座のものどもに我遅参の罪ありと云へども[#「一座のものどもに我遅参の罪ありと云へども」に傍点]、此句にて腹を医せよと自慢せしと宣ひ侍る[#「此句にて腹を医せよと自慢せしと宣ひ侍る」に傍点]。」
知己に対する感激、流俗に対する軽蔑、芸術に対する情熱、――詩人たる芭蕉の面目はありありとこの逸話に露《あら》はれてゐる。殊に「この句にて腹を医《いや》せよ」と大気焔を挙げた勢ひには、――世捨人は少時《しばらく》問はぬ。敬虔《けいけん》なる今日の批評家さへ辟易《へきえき》しなければ幸福である。
「翁|凡兆《ぼんてう》に
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