ひしかは》の浮世絵に髣髴《はうふつ》たる女や若衆《わかしゆ》の美しさにも鋭い感受性を震はせてゐた、多情なる元禄びとの作品である。「元禄びとの」、――僕は敢て「元禄びとの」と言つた。是等の作品の抒情詩的甘露味はかの化政度の通人などの夢寐《むび》にも到り得る境地ではない。彼等は年代を数へれば、「わが稚名を君はおぼゆや」と歌つた芭蕉と、僅か百年を隔つるのに過ぎぬ。が、実は千年の昔に「常陸少女《ひたちをとめ》を忘れたまふな」と歌つた万葉集中の女人よりも遙かに縁の遠い俗人だつたではないか?

     十三 鬼趣

 芭蕉もあらゆる天才のやうに時代の好尚《かうしやう》を反映してゐることは上に挙げた通りである。その著しい例の一つは芭蕉の俳諧にある鬼趣《きしゆ》であらう。「剪燈新話《せんとうしんわ》」を飜案した浅井|了意《れうい》の「御伽婢子《おとぎばふこ》」は寛文《くわんぶん》六年の上梓《じやうし》である。爾来《じらい》かう云ふ怪談小説は寛政頃まで流行してゐた。たとへば西鶴の「大下馬《おほげば》」などもこの流行の生んだ作品である。正保《しやうはう》元年に生れた芭蕉は寛文、延宝《えんぱう》、天和《て
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