空也《くうや》の痩せか、乾鮭《からざけ》か、或は腎気《じんき》を失つた若隠居かと疑はれる位である。

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狩衣《かりぎぬ》を砧《きぬた》の主《ぬし》にうちくれて     路通《ろつう》
 わが稚名《をさなな》を君はおぼゆや     芭蕉

 宮に召されしうき名はづかし   曾良《そら》
手枕《たまくら》に細きかひなをさし入《いれ》て    芭蕉

殿守《とのもり》がねぶたがりつる朝ぼらけ   千里《せんり》
 兀《は》げたる眉を隠すきぬぎぬ    芭蕉

 足駄《あしだ》はかせぬ雨のあけぼの    越人《をつじん》
きぬぎぬやあまりか細くあでやかに 芭蕉

上置《うはおき》の干葉《ほしな》きざむもうはの空    野坡《やは》
 馬に出ぬ日は内で恋する     芭蕉

 やさしき色に咲るなでしこ    嵐蘭《らんらん》
よつ折の蒲団《ふとん》に君が丸《まろ》くねて    芭蕉
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 是等の作品を作つた芭蕉は近代の芭蕉崇拝者の芭蕉とは聊《いささ》か異つた芭蕉である。たとへば「きぬぎぬやあまりか細くあでやかに」は枯淡なる世捨人の作品ではない。菱川《
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