と云つたさうである。すると七部集の監修をするのも「空《くう》」と考へはしなかつたであらうか? 同時に又集を著はすのさへ、実は「悪」と考へる前に「空」と考へはしなかつたであらうか? 寒山《かんざん》は木の葉に詩を題した。が、その木の葉を集めることには余り熱心でもなかつたやうである。芭蕉もやはり木の葉のやうに、一千余句の俳諧は流転《るてん》に任せたのではなかつたであらうか? 少くとも芭蕉の心の奥にはいつもさう云ふ心もちの潜んでゐたのではなかつたであらうか?
 僕は芭蕉に著書のなかつたのも当然のことと思つてゐる。その上宗匠の生涯には印税の必要もなかつたではないか?

     二 装幀

 芭蕉は俳書を上梓《じやうし》する上にも、いろいろ註文を持つてゐたらしい。たとへば本文の書きざまにはかう云ふ言葉を洩らしてゐる。
「書《かき》やうはいろいろあるべし。唯さわがしからぬ心づかひ有りたし。『猿簔《さるみの》』能筆なり。されども今少し大《おほい》なり。作者の名|大《だい》にていやしく見え侍《はべ》る。」
 又|勝峯晉風《かつみねしんぷう》氏の教へによれば、俳書の装幀《さうてい》も芭蕉以前は華美を好
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