ットなどを持ち、彼のいる書生部屋へ見舞いに行った。彼はいつも床《とこ》の上に細い膝《ひざ》を抱《だ》いたまま、存外《ぞんがい》快濶《かいかつ》に話したりした。しかし僕は部屋の隅に置いた便器を眺めずにはいられなかった。それは大抵《たいてい》硝子《ガラス》の中にぎらぎらする血尿《けつにょう》を透《す》かしたものだった。
「こう云う体《からだ》じゃもう駄目《だめ》だよ。とうてい牢獄《ろうごく》生活も出来そうもないしね。」
 彼はこう言って苦笑《くしょう》するのだった。
「バクニインなどは写真で見ても、逞《たくま》しい体をしているからなあ。」
 しかし彼を慰めるものはまだ全然ない訣《わけ》ではなかった。それは叔父さんの娘に対する、極めて純粋な恋愛だった。彼は彼の恋愛を僕にも一度も話したことはなかった。が、ある日の午後、――ある花曇りに曇った午後、僕は突然彼の口から彼の恋愛を打ち明けられた。突然?――いや、必ずしも突然ではなかった。僕はあらゆる青年のように彼の従妹《いとこ》を見かけた時から何か彼の恋愛に期待を持っていたのだった。
「美代《みよ》ちゃんは今学校の連中と小田原《おだわら》へ行っている
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