。のみならず切れの長い目尻《めじり》のほかはほとんど彼に似ていなかった。
「その子供は今年《ことし》生れたの?」
「いいえ、去年。」
「結婚したのも去年だろう[#「結婚したのも去年だろう」に傍点]?」
「いいえ、一昨年《おととし》の三月ですよ。」
彼は何かにぶつかるように一生懸命に話しかけていた。が、彼の妹は時々赤児をあやしながら、愛想《あいそ》の善《よ》い応対をするだけだった。僕は番茶の渋《しぶ》のついた五郎八茶碗《ごろはちぢゃわん》を手にしたまま、勝手口の外を塞《ふさ》いだ煉瓦塀《れんがべい》の苔《こけ》を眺めていた。同時にまたちぐはぐな彼等の話にある寂しさを感じていた。
「兄《にい》さんはどんな人?」
「どんな人って……やっぱり本を読むのが好きなんですよ。」
「どんな本を?」
「講談本《こうだんぼん》や何かですけれども。」
実際その家の窓の下には古机が一つ据えてあった。古机の上には何冊かの本も、――講談本なども載《の》っていたであろう。しかし僕の記憶には生憎《あいにく》本のことは残っていない。ただ僕は筆立ての中に孔雀《くじゃく》の羽根が二本ばかり鮮《あざや》かに挿《さ》してあ
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