どうしてってこともないけれども。……」
僕等は夕飯《ゆうはん》をすませた後《のち》、ちょうど風の落ちたのを幸い、海岸へ散歩に出かけることにした。太陽はとうに沈んでいた。しかしまだあたりは明るかった。僕等は低い松の生《は》えた砂丘《さきゅう》の斜面に腰をおろし、海雀《うみすずめ》の二三羽飛んでいるのを見ながら、いろいろのことを話し合った。
「この砂はこんなに冷《つめ》たいだろう。けれどもずっと手を入れて見給え。」
僕は彼の言葉の通り、弘法麦《こうぼうむぎ》の枯《か》れ枯《が》れになった砂の中へ片手を差しこんで見た。するとそこには太陽の熱がまだかすかに残っていた。
「うん、ちょっと気味が悪いね。夜になってもやっぱり温《あたたか》いかしら。」
「何、すぐに冷《つめ》たくなってしまう。」
僕はなぜかはっきりとこう云う対話を覚えている。それから僕等の半町ほど向うに黒ぐろと和《なご》んでいた太平洋も。……
六
彼の死んだ知らせを聞いたのはちょうど翌年《よくとし》の旧正月だった。何《なん》でも後《のち》に聞いた話によれば病院の医者や看護婦たちは旧正月を祝《いわ》うために夜
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