更《よふ》けまで歌留多《かるた》会をつづけていた。彼はその騒《さわ》ぎに眠られないのを怒《いか》り、ベッドの上に横たわったまま、おお声に彼等を叱《しか》りつけた、と同時に大喀血《だいかっけつ》をし、すぐに死んだとか云うことだった。僕は黒い枠《わく》のついた一枚の葉書を眺めた時、悲しさよりもむしろはかなさを感じた。
「なおまた故人の所持したる書籍は遺骸と共に焼き棄て候えども、万一貴下より御貸与《ごたいよ》の書籍もその中《うち》にまじり居り候|節《せつ》は不悪《あしからず》御赦《おゆる》し下され度《たく》候《そうろう》。」
 これはその葉書の隅に肉筆で書いてある文句だった。僕はこう云う文句を読み、何冊かの本が焔《ほのお》になって立ち昇る有様を想像した。勿論それ等の本の中にはいつか僕が彼に貸したジァン・クリストフの第一巻もまじっているのに違いなかった。この事実は当時の感傷的な僕には妙に象徴《しょうちょう》らしい気のするものだった。
 それから五六日たった後《のち》、僕は偶然落ち合ったKと彼のことを話し合った。Kは不相変《あいかわらず》冷然としていたのみならず、巻煙草を銜《くわ》えたまま、こん
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