度に妙に同情したくなるんだがね。そら、あの上の葉っぱが動いているだろう。――」
 棕櫚《しゅろ》の木はつい硝子《ガラス》窓の外に木末《こずえ》の葉を吹かせていた。その葉はまた全体も揺《ゆ》らぎながら、細《こま》かに裂《さ》けた葉の先々をほとんど神経的に震《ふる》わせていた。それは実際近代的なもの哀れを帯びたものに違いなかった。が、僕はこの病室にたった一人している彼のことを考え、出来るだけ陽気に返事をした。
「動いているね。何をくよくよ海べの棕櫚はさ。……」
「それから?」
「それでもうおしまいだよ。」
「何《なん》だつまらない。」
 僕はこう云う対話の中《うち》にだんだん息苦《いきぐる》しさを感じ出した。
「ジァン・クリストフは読んだかい?」
「ああ、少し読んだけれども、……」
「読みつづける気にはならなかったの?」
「どうもあれは旺盛《おうせい》すぎてね。」
 僕はもう一度一生懸命に沈み勝ちな話を引き戻した。
「この間《あいだ》Kが見舞いに来たってね。」
「ああ、日帰りでやって来たよ。生体解剖《せいたいかいぼう》の話や何かして行ったっけ。」
「不愉快なやつだね。」
「どうして?」

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