が日星河岳《じつせいかがく》の文字に自ら題して猥談と云ふ。君もし血気の壮士なりとせんか、当《まさ》に匕首《あひくち》を懐にして、先生を刺さんと誓ひしなるべし。その文を猥談と称するもの明朝に枝山《しざん》祝允明《しゆくいんめい》あり。允明、字は希哲《きてつ》、少《をさな》きより文辞を攻め、奇気|甚《はなはだ》縦横なり。一たび筆を揮《ふる》ふ時は千言立ちどころに就《な》ると云ふ。又書名あり。筆法|遒勁《いうけい》、風韻蕭散と称せらる。その内外の二祖、咸《み》な当時の魁儒《くわいじゆ》たるに因《よ》り、希哲の文、典訓を貫綜《くわんそう》し、古今を茹涵《じよかん》す。大名ある所以《ゆゑん》なり。然りと雖《いへど》も佐佐木君は東坡《とうは》再び出世底の才人、枝山等の遠く及ぶ所にあらず。この人の文を猥談と呼ぶは明珠《めいしゆ》を魚目《うをめ》と呼ぶに似たり。山客、偶《たまたま》「文芸春秋」二月号を読み、我鬼先生の愚を嗤《わら》ふと共に佐佐木君の屈《くつ》を歎かんと欲す。佐佐木君、請ふ、安心せよ。君を知るものに山客あり矣《い》。

     赤大根

 江口君はプロレタリアの文豪なり。「文芸春秋」二
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