家ならば頼まれても買はない、――と云ふのが当り前です。して見れば作家も雑誌社には、作家自身の利益を中心に、断《ことわ》るとか引き受けるとかする筈ぢやありませんか?
 編輯者 しかし十万の読者の希望も考へてやつて貰ひたいのですが。
 作家 それは子供|瞞《だま》しのロマンテイシズムですよ。そんな事を真《ま》に受けるものは、中学生の中《なか》にもゐないでせう。
 編輯者 いや、わたしなどは誠心誠意、読者の希望に副ふつもりなのです。
 作家 それはあなたはさうでせう。読者の希望に副《そ》ふ事は、同時に商売の繁昌《はんじやう》する事ですから。
 編輯者 さう考へて貰《もら》つては困ります。あなたは商売商売と仰有《おつしや》るが、あなたに原稿を書いて貰ひたいのも、商売気《しやうばいげ》ばかりぢやありません。実際あなたの作品を好んでゐる為もあるのです。
 作家 それはさうかも知れません。少くともわたしに書かせたいと云ふのは、何か好意も交《まじ》つてゐるでせう。わたしのやうに甘い人間は、それだけの好意にも動かされ易い。書けない書けないと云つてゐても、書ければ書きたい気はあるのです。しかし安請合《やす
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