いとこ》はこの窓の向うに、――光の乏しい硝子《ガラス》窓の向うに円まると肥《ふと》った顔を出した。しかし存外《ぞんがい》変っていないことは幾分か僕を力丈夫にした。僕等は感傷主義を交《まじ》えずに手短かに用事を話し合った。が、僕の右隣りには兄に会いに来たらしい十六七の女が一人とめどなしに泣き声を洩《も》らしていた。僕は従兄と話しながら、この右隣りの泣き声に気をとめない訣《わけ》には行《ゆ》かなかった。
「今度のことは全然|冤罪《えんざい》ですから、どうか皆さんにそう言って下さい。」
 従兄は切《き》り口上《こうじょう》にこう言ったりした。僕は従兄を見つめたまま、この言葉には何《なん》とも答えなかった。しかし何とも答えなかったことはそれ自身僕に息苦しさを与えない訣《わけ》には行《ゆ》かなかった。現に僕の左隣りには斑《まだ》らに頭の禿《は》げた老人が一人やはり半月形《はんげつがた》の窓越しに息子《むすこ》らしい男にこう言っていた。
「会わずにひとりでいる時にはいろいろのことを思い出すのだが、どうも会うとなると忘れてしまってな。」
 僕は面会室の外へ出た時、何か従兄にすまなかったように感じた。
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