が、それは僕等同志の連帯責任であるようにも感じた。僕はまた看守に案内され、寒さの身にしみる刑務所の廊下を大股に玄関へ歩いて行った。
 ある山《やま》の手《て》の従兄の家には僕の血を分けた従姉《いとこ》が一人僕を待ち暮らしているはずだった。僕はごみごみした町の中をやっと四谷見附《よつやみつけ》の停留所へ出、満員の電車に乗ることにした。「会わずにひとりいる時には」と言った、妙に力のない老人の言葉は未《いま》だに僕の耳に残っていた。それは女の泣き声よりも一層僕には人間的だった。僕は吊《つ》り革につかまったまま、夕明りの中に電燈をともした麹町《こうじまち》の家々を眺め、今更のように「人さまざま」と云う言葉を思い出さずにはいられなかった。
 三十分ばかりたった後《のち》、僕は従兄の家の前に立ち、コンクリイトの壁についたベルの鈕《ボタン》へ指をやっていた。かすかに伝わって来るベルの音は玄関の硝子《ガラス》戸の中に電燈をともした。それから年をとった女中が一人細目に硝子戸をあけて見た後《のち》、「おや……」何《なん》とか間投詞《かんとうし》を洩らし、すぐに僕を往来に向った二階の部屋へ案内した。僕はそこ
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