はいつまで待っても、容易に番号を呼ばれなかった。いつまで待っても――僕の刑務所の門をくぐったのはかれこれ十時になりかかっていた。けれども僕の腕時計はもう一時十分前だった。
僕は勿論《もちろん》腹も減りはじめた。しかしそれよりもやり切れなかったのは全然火の気《け》と云うもののない控室の中の寒さだった。僕は絶えず足踏みをしながら、苛々《いらいら》する心もちを抑《おさ》えていた。が、大勢《おおぜい》の面会人は誰も存外《ぞんがい》平気らしかった。殊に丹前《たんぜん》を二枚重ねた、博奕《ばくち》打ちらしい男などは新聞一つ読もうともせず、ゆっくり蜜柑《みかん》ばかり食いつづけていた。
しかし大勢の面会人も看守の呼び出しに来る度にだんだん数を減らして行った。僕はとうとう控室の前へ出、砂利を敷いた庭を歩きはじめた。そこには冬らしい日の光も当っているのに違いなかった。けれどもいつか立ち出した風も僕の顔へ薄い塵《ちり》を吹きつけて来るのに違いなかった。僕は自然と依怙地《えこじ》になり、とにかく四時になるまでは控室へはいるまいと決心した。
僕は生憎《あいにく》四時になっても、まだ呼び出して貰われなかっ
前へ
次へ
全15ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング