かった。のみならずそれ等の事件にからまる親戚同志の感情上の問題は東京に生まれた人々以外に通じ悪《にく》いこだわりを生じ勝ちだった。僕は従兄と面会した上、ともかくどこかに一週間でも静養したいと思わずにはいられなかった。………
 市ヶ谷の刑務所は草の枯れた、高い土手《どて》をめぐらしていた。のみならずどこか中世紀じみた門には太い木の格子戸《こうしど》の向うに、霜に焦《こ》げた檜《ひのき》などのある、砂利《じゃり》を敷いた庭を透《す》かしていた。僕はこの門の前に立ち、長い半白《はんぱく》の髭《ひげ》を垂《た》らした、好人物らしい看守《かんしゅ》に名刺を渡した。それから余り門と離れていない、庇《ひさし》に厚い苔《こけ》の乾いた面会人控室へつれて行って貰った。そこにはもう僕のほかにも薄縁《うすべ》りを張った腰かけの上に何人も腰をおろしていた。しかし一番目立ったのは黒縮緬《くろちりめん》の羽織をひっかけ、何か雑誌を読んでいる三十四五の女だった。
 妙に無愛想《ぶあいそう》な一人の看守は時々こう云う控室へ来、少しも抑揚《よくよう》のない声にちょうど面会の順に当った人々の番号を呼び上げて行った。が、僕
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