体どうしたんでしょう?」
「何が?」
「Tのことよ。お父さんのこと。」
「それはTさんの身になって見れば、いろいろ事情もあったろうしさ。」
「そうでしょうか?」
 僕はいつか苛立たしさを感じ、従姉に後ろを向けたまま、窓の前へ歩いて行った。窓の下の人々は不相変《あいかわらず》万歳の声を挙げていた。それはまた「万歳、万歳」と三度繰り返して唱《とな》えるものだった。従兄の弟は玄関の前へ出、手ん手に提灯《ちょうちん》をさし上げた大勢《おおぜい》の人々にお時宜《じぎ》をしていた。のみならず彼の左右には小さい従兄の娘たちも二人、彼に手をひかれたまま、時々取ってつけたようにちょっとお下《さ》げの頭を下げたりしていた。………
 それからもう何年かたった、ある寒さの厳しい夜、僕は従兄の家の茶の間《ま》に近頃始めた薄荷《はっか》パイプを啣《くわ》え、従姉と差し向いに話していた。初七日《しょなのか》を越した家の中は気味の悪いほどもの静かだった。従兄の白木《しらき》の位牌《いはい》の前には燈心《とうしん》が一本火を澄ましていた。そのまた位牌を据えた机の前には娘たちが二人|夜着《よぎ》をかぶっていた。僕はめっき
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