は人々が大勢《おおぜい》道幅一ぱいに集っていた。のみならず××町青年団と書いた提灯《ちょうちん》が幾つも動いていた。僕は従姉たちと顔を見合せ、ふと従兄には××青年団団長と云う肩書もあったのを思い出した。
「お礼を言いに出なくっちゃいけないでしょうね。」
 従姉はやっと「たまらない」と云う顔をし、僕等|二人《ふたり》を見比べるようにした。
「何、わたしが行って来ます。」
 従兄の弟は無造作《むぞうさ》にさっさと部屋を後ろにして行った。僕は彼の奮闘主義にある羨《うらやま》しさを感じながら、従姉の顔を見ないように壁の上の画などを眺めたりした。しかし何も言わずにいることはそれ自身僕には苦しかった。と云って何か言ったために二人とも感傷的になってしまうことはなおさら僕には苦しかった。僕は黙って巻煙草に火をつけ、壁にかかげた画の一枚に、――従兄自身の肖像画に遠近法の狂いなどを見つけていた。
「こっちは万歳どころじゃありはしない。そんなことを言ったって仕かたはないけれども……」
 従姉は妙に空ぞらしい声にとうとう僕に話しかけた。
「町内《ちょうない》ではまだ知らずにいるのかしら?」
「ええ、……でも一
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