なってしまったらしい。
 大野さんが帰ったあとで湯にはいって、飯を食って、それから十時頃まで、調べ物をした。

 二十八日
 涼しいから、こう云う日に出なければ出る日はないと思って、八時頃うちを飛び出した。動坂《どうざか》から電車に乗って、上野《うえの》で乗換えて、序《ついで》に琳琅閣《りんろうかく》へよって、古本をひやかして、やっと本郷《ほんごう》の久米《くめ》の所へ行った。すると南町《みなみちょう》へ行って、留守《るす》だと云うから本郷通りの古本屋を根気《こんき》よく一軒一軒まわって歩いて、横文字の本を二三冊買って、それから南町へ行くつもりで三丁目から電車に乗った。
 ところが電車に乗っている間《あいだ》に、また気が変ったから今度は須田町《すだちょう》で乗換えて、丸善《まるぜん》へ行った。行って見ると狆《ちん》を引張った妙な異人の女が、ジェコブの小説はないかと云って、探している。その女の顔をどこかで見たようだと思ったら、四五日|前《まえ》に鎌倉で泳いでいるのを見かけたのである。あんな崔嵬《さいかい》たる段鼻は日本人にもめったにない。それでも小僧さんは、レディ・オヴ・ザ・バアジならご
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