ざいますとか何とか、丁寧《ていねい》に挨拶していた。大方《おおかた》この段鼻も涼しいので東京へ出て来たのだろう。
 丸善に一時間ばかりいて、久しぶりで日吉町《ひよしちょう》へ行ったら、清《きよし》がたった一人《ひとり》で、留守番をしていた。入学試験はどうしたいと尋《き》いて見たら、「ええ、まあ。」と云いながら、坊主頭《ぼうずあたま》を撫でて、にやにやしている。それから暇つぶしに清を相手にして、五目《ごもく》ならべをしたら、五番の中四番ともまかされた。
 その中《うち》に皆帰って来たから、一しょに飯を食って、世間話をしていると、八重子《やえこ》が買いたての夏帯を、いいでしょうと云って見せに来た。面倒臭いから、「うんいいよ、いいよ。」と云っていると、わざわざしめていた帯をしめかえて、「ああしめにくい。」と顔をしかめている。「しめにくければ、買わなければいいのに。」と云ったら、すぐに「大きなお世話だわ。」とへこまされた。
 日暮方に、南町へ電話をかけて置いて、帰ろうとしたら、清が「今夜|皆《みんな》で金春館《こんぱるかん》へ行こうって云うんですがね。一しょに行《い》きませんか。」と云った。八
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