閨tにも、虫の垂衣《たれぎぬ》の事は見えぬさうである。私はその人の注意に感謝した。が、私が虫の垂衣|云々《うんぬん》の事を書いたのは、「信貴山縁起《しぎさんえんぎ》」「粉河寺縁起《こかはでらえんぎ》」なぞの画巻物《ゑまきもの》によつてゐたのである。だからさう云ふ注意を受けても、剛情《がうじやう》に自説を改めなかつた。その後《のち》何かの次手《ついで》から、宮本勢助《みやもとせいすけ》氏にこの事を話すと、虫の垂衣は今昔物語《こんじやくものがたり》にも出てゐると云ふ事を教へられた。それから早速《さつそく》今昔を見ると、本朝《ほんてう》の部|巻六《まきのろく》、従鎮西上人依観音助遁賊難持命語《ちいぜいよりのぼるのひとくわんのんのたすけによりてぞくなんをのがれいのちをぢするものがたり》の中《うち》に、「転《うた》て思《おぼ》すらむ。然れども昼牟子[#「牟子」に白丸傍点]を風の吹き開きたりつるより見奉るに、更に物《もの》|不[#レ]思《おぼえず》罪《つみ》免《ゆる》し給へ云々《うんぬん》」とある。私は心の舒《の》びるのを感じた。同時に自説は曲げずにゐても、矢張《やはり》文献に証拠のないのが、今ま
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