ノ、古ぼけた表紙を曝《さら》してゐる。托氏《とし》宗教小説は、西暦千九百有七年、支那では光緒《くわうしよ》三十三年、香港《ホンコン》の礼賢《れいけん》会(Rhenish Missionary Society)が、剞※[#「厥+りっとう」、第4水準2−3−30]《きけつ》に付した本である。訳者は独逸《ドイツ》の宣教師 〔Gena:hr〕 と云ふ人である。但し翻訳に用ひた本は、Nisbet Bain の英訳だと云ふ、内容は名高い主奴《しゆど》論以下、十二篇の作品を集めてゐる。この本は勿論珍書ではあるまい。文求堂《ぶんきうだう》に頼みさへすれば、すぐに取つてくれるかも知れぬ。が、表紙を開けた所に、原著者|托爾斯泰《トルストイ》の写真があるのは、何《なん》となしに愉快である。好《い》い加減に頁《ペエジ》を繰つて見れば、牧色《ムジイク》、加夫単《カフタン》、沽未士《クミス》なぞと云ふ、西洋語の音訳が出て来るのも、僕にはやはり物珍しい。こんな翻訳が上梓《じやうし》された事は原著者|托氏《とし》も知つてゐたであらうか。香港《ホンコン》上海《シヤンハイ》の支那人の中には、偶然この本を読んだ為めに、生涯
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