烽ェ》へ」や「いねかしの男うれたき砧《きぬた》かな」も、やはり複雑な内容を十七字の形式につづめてはゐないか。しかも「燗《かん》せ」や「わく」と云ふ言葉使ひが耳立たないだけに、一層成功してはゐないか。して見れば子規が評した言葉は、言水にも確《たしか》に当《あ》て嵌《は》まるが、言水の特色を云ひ尽すには、余りに広すぎる憾《うら》みはないか。かう自分は思ふのである。では言水の特色は何かと云へば、それは彼が十七字の内に、万人《ばんにん》が知らぬ一種の鬼気《きき》を盛《も》りこんだ手際《てぎは》にあると思ふ。子規が掲げた二句を見ても、すぐに自分を動かすのは、その中に漂《ただよ》ふ無気味《ぶきみ》さである。試《こころみ》に言水句集を開けば、この類の句は外《ほか》にも多い。
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御忌《ぎよき》の鐘皿割る罪や暁《あけ》の雲
つま猫の胸の火や行《ゆ》く潦《にはたづみ》
夜桜に怪しやひとり須磨《すま》の蜑《あま》
蚊柱《かばしら》の礎《いしずゑ》となる捨子《すてこ》かな
人魂《ひとだま》は消えて梢《こずゑ》の燈籠《とうろ》かな
あさましや虫鳴く中に尼ひとり
火の影や人にて凄き網代守《あ
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