野《おの》の小町《こまち》の代りに地獄へ堕《お》ちることになったのです。
 小町 小野の小町の代りに! それはまた一体どうしたんです?
 使 あの人は今|身持《みも》ちだそうです。深草《ふかくさ》の少将《しょうしょう》の胤《たね》とかを、……
 小町 (憤然《ふんぜん》と)それをほんとうだと思ったのですか? 嘘ですよ。あなた! 少将は今でもあの人のところへ百夜通《ももよがよ》いをしているくらいですもの。少将の胤を宿すのはおろか、逢《あ》ったことさえ一度もありはしません。嘘も、嘘も、真赤な嘘ですよ!
 使 真赤な嘘? そんなことはまさかないでしょう。
 小町 では誰にでも聞いて御覧なさい。深草の少将の百夜通いと云えば、下司《げす》の子供でも知っているはずです。それをあなたは嘘とも思わずに、……あの人の代りにわたしの命を、……ひどい。ひどい。ひどい。(泣き始める)
 使 泣いてはいけません。泣くことは何もないのですよ。(背中から玉造の小町を下《おろ》す)あなたは始終この世よりも、地獄に住みたがっていたでしょう。して見ればわたしの欺《だま》されたのは、反《かえ》って仕合せではありませんか?

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