また唯一《ゆいいつ》の活路でございます。どうか私の申上げた事を御《お》信じ下さい。そうして、残酷な世間の迫害に苦しんでいる、私たち夫妻に御同情下さい。私の同僚の一人は故《ことさら》に大きな声を出して、新聞に出ている姦通《かんつう》事件を、私の前で喋々《ちょうちょう》して聞かせました。私の先輩の一人は、私に手紙をよこして、妻の不品行を諷すると同時に、それとなく離婚を勧めてくれました。それからまた、私の教えている学生は、私の講義を真面目に聴かなくなったばかりでなく、私の教室の黒板に、私と妻とのカリカテュアを描《えが》いて、その下に「めでたしめでたし」と書いて置きました。しかし、それらは皆、多少なりとも私と交渉のある人々でございますが、この頃では、赤の他人の癖に、思いもよらない侮辱を加えるものも、決して少くはございません。ある者は、無名のはがきをよこして、妻を禽獣《きんじゅう》に比しました。ある者は、宅の黒塀へ学生以上の手腕を揮《ふる》って、如何《いかが》わしい画と文句とを書きました。そうして更に大胆なるある者は、私の庭内へ忍びこんで、妻と私とが夕飯《ゆうめし》を認《したた》めている所を、窺
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