た。
閣下、私の二重人格が私に現れた、今日《こんにち》までの経過は、大体右のようなものでございます。私は、それを、妻と私との間の秘密として、今日まで誰にも洩《も》らしませんでした。しかし今はもう、その時ではございません。世間は公然、私を嘲《あざけ》り始めました。そうしてまた、私の妻を憎み始めました。現にこの頃では、妻の不品行を諷《ふう》した俚謡《りよう》をうたって、私の宅の前を通るものさえございます。私として、どうして、それを黙視する事が出来ましょう。
しかし、私が閣下にこう云う事を御訴え致すのは、単に私たち夫妻に無理由な侮辱が加えられるからばかりではございません。そう云う侮辱を耐え忍ぶ結果、妻のヒステリイが、益《ますます》昂進《こうしん》する傾があるからでございます。ヒステリイが益昂進すれば、ドッペルゲンゲルの出現もあるいはより頻繁になるかも知れません。そうすれば、妻の貞操に対する世間の疑は、更に甚しくなる事でございましょう。私はこのディレムマをどうして脱したらいいか、わかりません。
閣下、こう云う事情の下《もと》にある私にとっては、閣下の御保護に依頼するのが、最後の、そうして
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