存在を信ずる前に、私の精神状態を疑ったのは、勿論の事でございます。しかし、私の頭脳は少しも混乱して居りません。安眠も出来ます。勉強も出来ます。成程、二度目に第二の私を見て以来、稍《やや》ともすると、ものに驚き易くなって居りますが、これはあの奇怪な現象に接した結果であって、断じて原因ではございません。私はどうしても、この存在以外の存在を信じなければならないようになったのでございます。
しかし、私は、その時も妻には、とうとう、あの幻影の事を話さずにしまいました。もし運命が許したら、私は今日《こんにち》までもやはり口を噤《つぐ》んで居りましたろう。が、執拗《しつおう》な第二の私は、三度《さんど》私の前にその姿を現しました。これは前週の火曜日、即ち二月十三日の午後七時前後の事でございます。私はその時、妻に一切を打明けなければならないような羽目《はめ》になってしまいました。これもそうするほかに、私たちの不幸を軽くする手段が、なかったのですから、仕方がございません。が、この事は後でまた、申上げる事に致しましょう。
その日、丁度宿直に当っていた私は、放課後間もなく、はげしい胃痙攣《いけいれん》に
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