。その友人が、後に私が発狂したと云う噂を立てたのも、当時の私の異常な行動を考えれば、満更《まんざら》無理な事ではございません。しかし、私の発狂の原因を、私の妻の不品行にあるとするに至っては、好んで私を侮辱したものと思われます。私は、最近にその友人への絶交状を送りました。
 私は、事実を記すのに忙しい余り、その時の妻が、妻の二重人格にすぎない事を証明致さなかったように思います。当時の正午前後、妻は確かに外出致しませんでした。これは、妻自身はもとより、私の宅で召使っている下女も、そう申して居《お》る事でございます。また、その前日から、頭痛《ずつう》がすると申して、とかくふさぎ勝ちでいた妻が、俄《にわか》に外出する筈もございません。して見ますと、この場合、私の眼に映じた妻の姿は、ドッペルゲンゲルでなくて、何でございましょう。私は、妻が私に外出の有無《うむ》を問われて、眼を大きくしながら、「いいえ」と云った顔を、今でもありありと覚えて居ります。もし世間の云うように、妻が私を欺《あざむ》いているのなら、ああ云う、子供のような無邪気な顔は、決して出来るものではございません。
 私が第二の私の客観的
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