悩まされたので、早速校医の忠告通り、車で宅へ帰る事に致しました。所が午頃《ひるごろ》からふり出した雨に風が加わって、宅の近くへ参りました時には、たたきつけるような吹き降りでございます。私は門の前で※[#「勹<夕」、第3水準1−14−76]々《そうそう》車賃を払って、雨の中を大急ぎで玄関まで駈けて参りました。玄関の格子には、いつもの通り、内から釘がさしてございます。が、私には外からでも釘が抜けますから、すぐに格子をあけて、中へはいりました。大方《おおかた》雨の音にまぎれて、格子のあく音が聞えなかったのでございましょう。奥からは誰も出て参りません。私は靴をぬいで、帽子とオオヴァ・コオトとを折釘《おりくぎ》にかけて、玄関から一間《ひとま》置いた向うにある、書斎の唐紙《からかみ》をあけました。これは茶の間へ行く間に、教科書其他のはいっている手提鞄《てさげかばん》を、そこへ置いて行くのが習慣になっているからでございます。
 すると、私の眼の前には、たちまち意外な光景が現れました。北向きの窓の前にある机と、その前にある輪転椅子と、そうしてそれらを囲んでいる書棚とには、勿論何の変化もございません。し
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