たつた一人、成金《なりきん》のお客にやこれがわかる――そこは亜米利加《アメリカ》で皿洗ひか何かして来ただけに、日本の芝居はつまらないとあつて、オペラコミツクのミス何《なん》とかを贔屓《ひいき》にしてゐると云ふ御人体《ごにんてい》なんだ、がもとより洒落《しやれ》だと心得てゐたから、南瓜が妙な身ぶりをしながら、薄雲太夫をつかまへて、「You go not till I set you up a glass/Where you may see the inmost part of you.」とか何《なん》とか云つても、不相変《あひかはらず》げらげら笑つてゐたさうだがね。――そこまでは、まあよかつたんだ。それがハムレツトの台辞《せりふ》よろしくあつて、だんだんあいつが太夫《たいふ》につめよつて来た時に、間《ま》の悪い時は又間の悪いもので、奈良茂《ならも》の大将が一杯機嫌でどこで聞きかじったか、「What, ho! help! help! help!」とポロニアスの声色《こわいろ》を使つたぢやないか。南瓜のやつはそれを聞くと、急に死人のやうな顔になつて、息がつまりさうな声を出しながら、「How,
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