ん》と思ふから、笑つてばかりゐて相手にしない。しないばかりなら、よかつたんだが、何かの拍子《ひやうし》に「市兵衛《いちべゑ》さんお前|妾《わちき》に惚《ほ》れるなら、命がけで惚れなまし」つて云つたんださうだ。それがあいつの頭へぴんと来たんだらう。おまけに奈良茂《ならも》がその後《あと》から、「かうなると汝《われ》と己《おれ》とは仇《かたき》同志や。今が今でも命のやりとりしてこまそ」つて、笑つたと云ふんだから機会《きつかけ》が悪い。すると、南瓜《かぼちや》は今まではしやいでゐたやつが、急に血相《けつさう》を変へながら坐り直して――それから君、何をやつたと思ふ。あいつがそのとろんこになつた眼を据ゑてハムレツトの声色《こわいろ》を使つたんだ。それも英語で使つたんだと云ふから、驚かあね。
これにや一座も、呆気《あつけ》にとられた。――とられた筈さ。そこにゐた手合《てあひ》にや、遊扇《いうせん》にしろ、蝶兵衛《てふべゑ》にしろ、英語の英の字もわかりやしない。其角《きかく》だつて、「奥《おく》の細道《ほそみち》」の講釈はするだらうが、ハムレツトと来た日にや名を聞いた事もあるまいからね。唯その中で
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