と云ふ華魁《おいらん》に惚《ほ》れてゐた事はほんたうだらう。さうしてあの奈良茂《ならも》と云ふ成金《なりきん》が、その又|太夫《たいふ》に惚れてゐたのにも違ひない。が、なんぼあいつだつてそんな鞘当筋《さやあてすぢ》だけぢや人殺しにも及ぶまいぢやないか。それよりあいつが口惜《くや》しがつたのは、誰もあいつが薄雲太夫に惚れてゐると云ふ事を、真《ま》にうける人間がゐなかつた事だ。成金のお客は勿論、当の薄雲太夫にした所で、そんな事は夢にもないと思つてゐる。尤《もつと》もさう思つたのも可愛《かはい》さうだが無理ぢやない。向うは仲《なか》の町《ちやう》でも指折りの華魁《おいらん》だし、こつちは片輪も同様な、ちんちくりんの南瓜だからね。かうならない前に聞いて見給へ。僕にしたつて嘘だと思ふ。それがあいつにやつらかつたんだ。別して惚れた相手の薄雲太夫が真にうけないのを苦に病《や》んだらしい――だからこその人殺しさ。
何でもその晩もあいつは酔つぱらつて薄雲太夫《うすぐもだいふ》の側へ寄つちや、夫婦になつてくれとか何《なん》とか云つたんださうだ。太夫《たいふ》の方《はう》ぢや何時《いつ》もの冗談《じようだ
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