now! A rat? Dead for a ducat, dead!」と云ふが早いか、いきなり奈良茂《ならも》の側にあつた鮫鞘《さめざや》の脇差《わきざし》を引《ひつ》こぬいて、ずぶりと向うの胸へ突《つつ》こんだんだ。そこでほんもののポロニアスなら「Oh! I am slain.」と云ふ所なんだが、刀は切れるし、急所だし、うんと云つたきりお客は往生《わうじやう》さ。その血の出た事つたらなかつたさうだよ。
「見やあがれ。己《おれ》だつて出たらめばかりは云やしねえ。」――南瓜《かぼちや》はさう云つて、脇差を抛《はふ》り出したさうだがね。返り血もかかつたんだらうが、チヨツキが緋天絨鴦《ひびろうど》なので、それがさほど目に立たない。人を殺したつて、殺さなくつたつて、見た所はやつぱりちんちくりんの、由兵衛奴《よしべゑやつこ》にフロツクを着た、あの南瓜の市兵衛《いちべゑ》が、それでもそこにゐた連中にや、別人のやうに見えたんだらう。――見えたんぢやない。まるで別人になつてしまつたんだ。だから、あいつが御用《ごよう》になつて、茶屋の二階から引立《ひつた》てられる時にや、捕縄《とりなは》のかかつた手
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