劇の面《めん》のやうで、同時に又喜劇の面のやうだ。おれの記憶は縁日《えんにち》の猿芝居へおれを連れて行《ゆ》く。桜の釣板《つりいた》、張子《はりこ》の鐘、それからアセチレン瓦斯《ガス》の神経質な光。お前は金紙《きんがみ》の烏帽子《ゑぼし》をかぶつて、緋鹿子《ひがのこ》の振袖をひきずりながら、恐るべく皮肉な白拍子《しらびやうし》花子の役を勤めてゐる。おれの胸に始めて疑団《ぎだん》が萠《きざ》したのは、正にその白拍子たるお前の顔へ、偶然の一瞥《いちべつ》を投げた時だ。お前は一体泣いてゐるのか、それとも亦笑つてゐるのか。猿よ。人間よりもより人間的な猿よ。おれはお前程巧妙なトラジツク・コメデイアンを見た事はない。――おれが心の中でかう呟《つぶや》くと、猿は突然身を躍《をど》らせて、おれの前の金網《かなあみ》にぶら下りながら、癇高《かんだか》い声で問ひ返した。「ではお前は? え、お前のそのしかめ面《つら》は?」

     山椒魚《さんせううを》

 おれがね、お前は一体何物だと、頭に向つて尋ねたら、私《わたし》は山椒魚《さんせううを》ですよと、尻尾《しつぽ》がおれに返事をしたぜ。

     
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