お爺《じい》さんの着物か何かを洗っていたのである。……

        二

 桃から生れた桃太郎《ももたろう》は鬼《おに》が島《しま》の征伐《せいばつ》を思い立った。思い立った訣《わけ》はなぜかというと、彼はお爺さんやお婆さんのように、山だの川だの畑だのへ仕事に出るのがいやだったせいである。その話を聞いた老人夫婦は内心この腕白《わんぱく》ものに愛想《あいそ》をつかしていた時だったから、一刻も早く追い出したさに旗《はた》とか太刀《たち》とか陣羽織《じんばおり》とか、出陣の支度《したく》に入用《にゅうよう》のものは云うなり次第に持たせることにした。のみならず途中の兵糧《ひょうろう》には、これも桃太郎の註文《ちゅうもん》通り、黍団子《きびだんご》さえこしらえてやったのである。
 桃太郎は意気|揚々《ようよう》と鬼が島征伐の途《と》に上《のぼ》った。すると大きい野良犬《のらいぬ》が一匹、饑《う》えた眼を光らせながら、こう桃太郎へ声をかけた。
「桃太郎さん。桃太郎さん。お腰に下げたのは何でございます?」
「これは日本一《にっぽんいち》の黍団子だ。」
 桃太郎は得意そうに返事をした。勿論実際は
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