ぬがさ》に黄金《おうごん》の流蘇《ふさ》を垂らしたようである。実は――実もまた大きいのはいうを待たない。が、それよりも不思議なのはその実は核《さね》のあるところに美しい赤児《あかご》を一人ずつ、おのずから孕《はら》んでいたことである。
 むかし、むかし、大むかし、この木は山谷《やまたに》を掩《おお》った枝に、累々《るいるい》と実を綴《つづ》ったまま、静かに日の光りに浴していた。一万年に一度結んだ実は一千年の間は地へ落ちない。しかしある寂しい朝、運命は一羽の八咫鴉《やたがらす》になり、さっとその枝へおろして来た。と思うともう赤みのさした、小さい実を一つ啄《ついば》み落した。実は雲霧《くもきり》の立ち昇《のぼ》る中に遥《はる》か下の谷川へ落ちた。谷川は勿論《もちろん》峯々の間に白い水煙《みずけぶり》をなびかせながら、人間のいる国へ流れていたのである。
 この赤児《あかご》を孕《はら》んだ実は深い山の奥を離れた後《のち》、どういう人の手に拾われたか?――それはいまさら話すまでもあるまい。谷川の末にはお婆《ばあ》さんが一人、日本中《にほんじゅう》の子供の知っている通り、柴刈《しばか》りに行った
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