物の椀《わん》を持つた儘、※[#「女+尾」、第3水準1−15−81]々《びび》としてその下足札の因縁を辯じ出した。――
何《なん》でもそれによると、Hの教師をしてゐる学校が昨日《きのふ》赤坂《あかさか》の或御茶屋で新年会を催《もよほ》したのださうである。日本に来て間《ま》もないHは、まだ芸者に愛嬌《あいけう》を売るだけの修業も積んでゐなかつたから、唯出て来る料理を片つぱしから平《たひら》げて、差される猪口《ちよく》を片つぱしから飲み干してゐた。するとそこにゐた十人ばかりの芸者の中に、始終彼の方《はう》へ秋波《しうは》を送る女が一人《ひとり》あつた。日本の女は踝《くるぶし》から下を除いて悉《ことごと》く美しいと云ふHの事だから、勿論この芸者も彼の眼には美人として映じたのに相違ない。そこで彼も牛飲馬食《ぎういんばしよく》する傍《かたはら》には時々そつとその女の方を眺めてゐた。
しかし日本語の通じないHにも、日本酒は遠慮なく作用する。彼は一時間ばかりたつ中《うち》に、文字《もじ》通り泥酔《でいすゐ》した。その結果、殆《ほとん》ど座に堪へられなくなつたから、ふらふらする足を踏みしめてそつと
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